中華料理の教科書

八大菜系とは地域ごとの特徴とガチ中華の地図

蒸し魚、麻婆豆腐、海老の炒め物、蒸し鶏、豚の角煮、唐辛子をのせた魚など各地の料理が並ぶ食卓の写真風の画像
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中国料理の話になると、必ずといっていいほど出てくるのが「八大菜系(はちだいさいけい)」という言葉だ。山東の魯菜、四川の川菜、広東の粤菜、江蘇の蘇菜、福建の閩菜、浙江の浙菜、湖南の湘菜、安徽の徽菜。中国の料理を地域ごとに八つの系統に分けた、いわば中華料理の地図である。

日本では「四大中華(北京・上海・広東・四川)」という分け方が長く使われてきたので、八大菜系と聞くとピンとこないかもしれない。しかも最近は、日本の街で東北料理や西北の麺料理、雲南の米線、貴州の酸湯魚、広西の螺蛳粉といった、どちらの分類にも出てこない地域の料理に出会うことが増えた。いわゆる「ガチ中華」の店だ。

実は八大菜系という分け方そのものが、意外に新しい。中国の報道によれば、「八大菜系」という言葉が文献に現れるのは1980年のことで、広く定着したのは1990年代だという。つまり八大菜系は、中国料理を理解するための便利な地図ではあるが、絶対的な区分ではない。

ここから先では、八大菜系が生まれた経緯、八つの菜系それぞれの特徴と代表料理、八大菜系に入らない地域の料理、そしてガチ中華のメニューを地図に落とし込む方法を解説する。

八大菜系はいつ、どうやってできたのか

「菜系」は、地域ごとの料理の系統を指す言葉だ。ただ、中国の古い文献にこの言葉は出てこない。昔の料理人の世界では、地域や流派ごとの料理人の集団を「帮口(バンコウ)」と呼んでいた。

中国新聞周刊の記事によると、「菜系」という言い方が出てきたのは1950〜70年代ごろで、1983年の人民日報にも「近20年でようやく『菜系』という言い方が現れた」と書かれている。流れをまとめると、次のようになる。

  • 1970年代:商業部が『中国菜譜』を編纂する際に、「四大菜系」の説が取り上げられた。四大菜系の中身は、魯(山東)・川(四川)・粤(広東)・淮揚(江蘇)とされることが多い。
  • 1980年:『財貿戦線報』に掲載された汪紹銓「我国的八大菜系」が、「八大菜系」という言葉が確認できるいちばん古い記録とされる。挙げられたのは山東・四川・江蘇・浙江・広東・湖南・福建・安徽の八つ。
  • 1980年代:同じ時期に「五大菜系」「十大菜系」とする本もあり、数は定まっていなかった。
  • 1990年代:1992年の『中国烹飪詞典』が四大菜系を掲げたことに、湖南・福建・浙江・安徽などの料理団体が不満を示し、最終的に八大菜系という形で落ち着いた。共通認識になったのはこのころだという。

一方で、中国のネット記事などでは「明末に四大菜系の土台ができ、清代に浙・湘・閩・徽が分かれて、清末に八大菜系がそろった」という説明もよく見かける。各地の料理の系統そのものは古くからあるが、「八つ」という枠組みで語られるようになったのは20世紀後半から、と理解しておくと混乱しない。

北の魯菜、西の川菜

  • 魯菜(ルーツァイ/山東):済南・膠東(山東半島)・孔府(孔子の子孫の家の料理)・淄博などの流派がある。済南では、透き通った清湯と白濁した奶湯の二種類のスープを使い分け、「スープなくして料理なし」と言われる。爆・炒・焼・炸を得意とし、ねぎ・にんにく・しょうがを油で炒めて香りを出す手法も魯菜から広まったとされる。九転大腸、糖醋鯉魚、葱焼海参、徳州扒鶏、博山の豆腐箱が代表だ。清代には北京の宮廷でも重んじられたとされ、北京や東北の料理にも影響を与えた。
  • 川菜(チュアンツァイ/四川・重慶):唐辛子・花椒・郫県豆瓣醤を使った麻辣の味で知られるが、実際には甘酸っぱいもの、辛くないものまで味型が非常に多い。炒・干煸を得意とする。麻婆豆腐、回鍋肉、宮保鶏丁、水煮牛肉、重慶火鍋が代表。味型については「味型とは」の記事で詳しく扱った。

南の粤菜と閩菜

  • 粤菜(ユエツァイ/広東):広府菜(広州周辺)・潮州菜(潮汕)・客家菜の三つから成る。素材の持ち味を生かし、「清淡だが味が薄いわけではない」仕上がりを目指す。白切鶏、叉焼、煲仔飯、点心、潮汕の滷鵝、客家の塩焗鶏が代表だ。
  • 閩菜(ミンツァイ/福建):福州菜を主流に、閩南菜、閩西菜(客家の多い地域)から成る。スープを非常に重んじ、「一湯十変(一つのスープが十の味に変わる)」と言われる。福州では紅糟(紅麹の酒粕)を使って、香りと赤い色を付ける。調味料には砂糖と酢のほか、蝦油(えびの魚醤)、沙茶醤などが使われる。佛跳墙、茘枝肉、太平燕(扁肉燕)、厦門の沙茶面が代表。

江南の蘇菜・浙菜・徽菜

  • 蘇菜(スーツァイ/江蘇):淮揚菜、金陵菜(南京)、蘇錫菜(蘇州・無錫)、徐海菜(徐州・連雲港)から成る。川や湖の魚介を多く使い、精緻な包丁仕事と「本来の味」を追求する、やや甘めで穏やかな味わいが特徴だ。松鼠桂魚、獅子頭、大煮干絲、南京の塩水鴨、鎮江の肴肉が代表。
  • 浙菜(ジョーツァイ/浙江):素材を厳選し、本来の味を大切にする。全体に味は淡めで、川魚や海の幸を得意とする。杭州の西湖醋魚、龍井蝦仁、東坡肉、宋嫂魚羹、寧波の雪菜大湯黄魚、紹興の梅干菜焼肉などが代表だ。
  • 徽菜(ホイツァイ/安徽):焼・燉・蒸を得意とし、爆や炒は少ない。「油が多く、色が濃く、火の通し方を重んじる」と表現される。黄山周辺の山の幸を使う。清代の中ごろから末にかけて、各地で商売をした徽州商人(徽商)とともに広まり、「徽商の行くところ徽菜あり」と言われた。臭鳜魚、毛豆腐、一品鍋、刀板香、李鴻章大雑烩が代表だ。

湘菜:酸っぱくて辛い湖南

  • 湘菜(シアンツァイ/湖南):酸・辣・塩気が強く、濃厚な味わい。燻製の腊肉など干した肉や魚の料理が多い。煨・燉・腊・蒸・炒を得意とする。剁椒魚頭、辣椒炒肉(小炒肉)、毛氏紅焼肉、臘味合蒸、長沙の臭豆腐が代表。剁椒(刻み唐辛子の発酵漬け)の赤い色は、湘菜の目印になる。

八大菜系に入らない地域の料理

八大菜系の外にも、独自の料理文化をもつ地域はたくさんある。中国の解説でも、漢族の料理の系統は八つよりずっと多いと指摘されている。日本で出会う機会が増えている地域を挙げておく。

  • 京菜(北京)・津菜(天津):北京烤鴨、涮羊肉、炒肝、卤煮火焼、天津の煎餅果子など。魯菜の影響を強く受けた料理が多い。
  • 東北菜:鍋包肉、地三鮮、溜肉段、東北乱燉、酸菜白肉など。東北は移民の多い土地で、山東からの影響が大きいため、魯菜に含める見方もある。いっぽう、地図アプリのデータを使った研究では、東北料理店の数は全国の料理ジャンルで4番目に多いとされ、現在の人気は八大菜系に劣らない。
  • 西北菜(陝西・甘粛・寧夏・新疆など):蘭州牛肉麺、ビャンビャン麺、肉夾饃、羊肉泡饃、大盤鶏、新疆の羊肉串。小麦と羊肉が中心だ。
  • 雲南(滇菜)・貴州(黔菜)・広西(桂菜):過橋米線、汽鍋鶏、酸湯魚、豆米火鍋、桂林米粉、螺蛳粉。米の麺と、酸味や発酵食品を多用するのが共通点だ。
  • 湖北(鄂菜)・江西(贛菜)・河南(豫菜)・山西(晋菜):熱干麺、三鮮豆皮、瓦罐湯、胡辣湯、刀削麺など。それぞれに名物の麺や軽食が多い。
  • 上海(本帮菜):紅焼の甘辛い煮込みが得意で、油爆蝦、腌篤鮮、八宝鴨などがある。地理的には江南の料理圏に属する。
  • 台湾:滷肉飯、牛肉麵、三杯雞など。閩南と客家の料理を土台に、戦後に大陸各地から持ち込まれた料理が混ざっている。

ガチ中華を地図で読むコツ

  • 店名・看板の地名を見る。「湘」「川」「渝(重慶)」「東北」「西北」「蘭州」「延辺」「雲南」などの文字があれば、その地域の料理が中心だ。メニュー全体の味の傾向が予想できる。
  • 主食で見分ける。米線・米粉(米の麺)が多ければ南西部(雲南・貴州・広西・湖南)、麺・饃・餅(小麦)が多ければ北方・西北、水餃子や酸菜(白菜の漬物)が並べば東北の可能性が高い。
  • 調味料で見分ける。泡椒・剁椒・酸豆角が出てくれば湖南や四川、沙茶醤や紅糟なら福建、紅腐乳や蝦醤なら広東・広西というように、発酵調味料はその地域の名刺になる。
  • 八大菜系の枠にこだわりすぎない。四川と重慶、広東の広府と潮汕のように、同じ菜系の中でも料理はかなり違う。料理名と地名をセットで覚えていくと、地図はどんどん細かくなる。

よくある誤解

  • 「日本の四大中華=中国の四大菜系」ではない。北京・上海・広東・四川の四分類は、日本で広く使われてきた分け方だ。中国の四大菜系は魯・川・粤・淮揚(蘇)で、北京と上海はどちらも八大菜系に入っていない。
  • 「川菜=激辛」ではない。開水白菜のように唐辛子を一切使わない宴席料理も、川菜の重要な柱だ。
  • 「粤菜=飲茶」ではない。点心は広府菜の一部にすぎず、潮汕の滷水や客家の塩焗鶏のように、同じ広東でもまったく違う料理がある。
  • 八大菜系の順番に優劣はない。並べ方は資料によって違い、魯菜を先頭に置くもの、川菜や粤菜を先に置くものがある。

この記事で紹介した地域の料理を使うレシピ

出典

本文は上記の情報源を参考に、独自に再構成・翻訳したものです。