中華料理の教科書

過油と焯水中華の油通しと下茹でを徹底解説

肉を下ゆでする鍋と網じゃくし、中華鍋で油に通した鶏肉の写真風の画像
公開

この記事はAmazonアソシエイトのリンクを含みます。

中国のレシピを読んでいると、本番の炒め物や煮込みの前に「先に油に通す」「先にさっとゆでる」という工程がたびたび出てくる。中国語では前者を「過油(グオヨウ)」、後者を「焯水(チャオシュイ)」と呼ぶ。どちらも料理そのものではなく、本番の加熱の前に材料を半ば仕上げておく「初歩的な熱処理」として、料理書では独立した項目になっている。

日本の家庭料理の感覚では、どちらも「ひと手間増えるだけ」に見えるかもしれない。油通しは油をたくさん使うし、下ゆでは鍋が一つ余計に汚れる。それでも中華の店がこの工程を省かないのは、肉をやわらかく保つ、臭みを抜く、形を崩さない、本番の炒め時間を短くする、といった効果がはっきりあるからだ。

ただし、油通しにも下ゆでにも「正しい温度」と「やってはいけない入れ方」がある。冷たい水から入れるか、沸いた湯に入れるか。低い油温で滑らせるか、高い油温で一気に揚げるか。この選び方を間違えると、手間をかけたのに肉がかたくなる、ということが起きる。

ここから先では、過油の二つの型(滑油と走油)と焯水の二つの入れ方、それぞれに向く材料と温度の目安、家庭での代わりのやり方を解説する。

過油(グオヨウ)とは

過油は、材料を油にくぐらせて、本番の調理の前に火を半ば通しておく下ごしらえだ。料理人のあいだでは「拉油(ラーヨウ)」「划油(ホアヨウ)」とも呼ばれる。過油には、大きく分けて二つの型がある。

  • 滑油(ホアヨウ):上漿(卵白とでんぷんの下味)をした肉や魚を、低めの油温で滑らせるように火を通す。仕上がりはやわらかく、色は白っぽい。滑炒・滑熘の料理の前段階だ。
  • 走油(ゾウヨウ):大きめの材料を高い油温で揚げ、表面を固めて色をつけ、形を定める。煮込みや蒸し物の前段階になることが多い。

同じ「油に入れる」でも、目的も温度も正反対と考えたほうがわかりやすい。

滑油:低い油温で、滑らせて、すぐ上げる

滑油の油温は、一般に「三〜五成熱」とされる(「成」は油温の目安で、三〜四成熱でおよそ90〜120℃。詳しくは教科書04で解説した)。ある料理人向けの解説は、理論上の油温を70〜130℃としたうえで、材料の性質でさらに細かく分けている。

  • 崩れやすいやわらかい材料(魚の細切り・魚の切り身・鶏の細切り):二〜三成熱(およそ70〜110℃)。ばらばらに入れ、七〜八分通ったら引き上げる。
  • 崩れにくいやわらかい材料(豚肉の薄切り・豚レバーの薄切り・むきえび):三〜四成熱。火が通った瞬間に引き上げる。
  • かたい材料(牛肉の細切り・薄切り):先に重曹などでやわらかくしておき、二〜三成熱の低めの油で。大きくかき混ぜすぎない。
  • 歯ごたえのある材料(いか・胃袋の先の部分など):上漿はせず、四〜五成熱から六〜七成熱の高めの油で、ごく短時間。長く入れるとゴムのようにかたくなる。

滑油で大事なのは、温度だけでなく油の量だ。同じ解説では、油の量は材料の3〜4倍が目安としている。油が多すぎると温度が下がりにくく、材料に火が入りすぎて水分が抜ける。少なすぎると温度が一気に下がり、材料が長く油に浸かることになって、やはりかたくなる。

手順は次のとおりだ。

  • 鍋を先に熱してから油を入れる(炙鍋)。冷たい鍋のままだと、上漿した材料が鍋肌に張りつく。
  • 油が所定の温度になったら、材料をばらばらに入れ、菜箸でやさしくほぐす。
  • 材料がほぐれて色が白く変わったら、すぐに網じゃくしで引き上げ、油を切る。肉の細切りなら、数秒〜十数秒の勝負だ。
  • 引き上げた材料は、すぐに本番の炒め・熘に移る。置いておくと、余熱で火が入りすぎてかたくなる。

青椒肉絲・魚香肉絲のような肉の細切りの炒め物や、爆炒腰花の豚マメは、滑油してから炒めるのが店の作り方だ。豚マメやレバーは、油に通すことで切り目がきれいに開き、水分が閉じ込められて歯切れよく仕上がる。

走油:高い油温で、色と形をつける

走油は、ゆでた豚バラ肉のような大きめの材料を、七〜八成熱の高温の油で揚げる工程だ。上海周辺の「走油肉」はその代表で、皮付きの豚バラ肉をゆでてから高温で揚げ、皮が黄金色になってしわが寄ったら引き上げ、冷水に浸けて皮をやわらかく戻してから、醤油と氷砂糖で煮込む。

ある上海の家庭の作り方では、豚肉を料酒と生姜を入れた湯で、箸がすっと通るまでゆでる。菜種油を煙が立つまで熱し、ゆでたての熱い肉を入れたらすぐにふたをして、3〜4秒で外す。ふたは油はねを防ぐためだ。揚げている間は肉を押さえて脂を出し、焦げないように返す。

広東・広西の扣肉で、皮付き豚バラの皮をゆでて穴をあけ、揚げてから冷水に落とす「虎皮(フーピー)」の工程も、走油の一種と考えてよい。揚げたあと冷水に落とすことで皮にしわが寄り、蒸したときに弾力のある、味のしみる皮になる。

走油は、ほかにも揚げてから煮る紅焼の料理(なす・魚・肉)で、材料の形を定め、色をつけ、余分な水分を抜く目的で使われる。

焯水(チャオシュイ)とは

焯水は、本番の前に材料を湯に通す下ゆでのことだ。広東では「飛水(フェイシュイ)」と呼び、地方によっては東北で「緊」、河南で「掸」、四川で「汆」と呼ぶこともあるという。目的は、血や臭み・アクを抜く、野菜の色を鮮やかにする、皮をむきやすくする、本番の加熱時間を短くする、といったところだ。

焯水には、冷たい水から入れる方法と、沸いた湯に入れる方法がある。ここがいちばん大事な分かれ目だ。

冷水から入れるもの

  • 大きな塊の肉・骨付き肉・内臓:豚のスペアリブ、すね肉、豚の大腸や胃袋など。
  • 根菜:たけのこ、じゃがいも、山芋、にんじんなど。

水から徐々に温度を上げると、肉の中に残った血や臭みが少しずつ湯に溶け出す。たけのこや根菜のえぐみも、水温が上がるにつれて抜けていく。沸騰した湯にいきなり入れると、肉の表面のたんぱく質が一気に固まって、血や臭みが中に閉じ込められてしまう。

スペアリブなら、水からかぶるくらいの量で、生姜・長ねぎ・料酒を入れて火にかけ、灰色のアクが浮いてきたらすくい取り、沸騰してから2〜3分で引き上げる、という作り方が紹介されている。煮込み用ならやや長め、紅焼や甘酢なら2分程度でよい。ゆでた肉はぬるま湯でアクを洗い流す。冷水で洗うと肉が締まってかたくなる、という料理人の声もある。

沸いた湯に入れるもの

  • 青菜(ほうれん草・青梗菜など)、ブロッコリーなど、茎・葉・花の野菜。
  • 魚や貝。
  • 小さく切った肉。

これらは沸騰した湯に入れて、表面を一気に固める。小さな肉や魚介を水から入れると、加熱時間が長くなって身がかたくなり、うま味も逃げ、崩れやすくなる。野菜も長くゆでると色と水分が失われる。

沸いた湯に入れるときのコツは、火を強く、湯をたっぷり、一度に入れる量を少なく、そして手早く出すこと。青菜は引き上げたらすぐ冷水に取って色を止める。湯に塩を少し入れると色よく仕上がり、いんげんを色よくゆでるには湯にかんすい(食用碱)を少し加える方法もあるという。

焯水の注意点

  • においの強いもの(羊肉・セロリ・内臓)と、においのないものは別々にゆでる。どうしても同じ湯を使うなら、においのないほうを先に。
  • 色の濃いものと薄いものも分けてゆでる。色が移る。
  • ゆでた野菜をすぐ使わないときは、油を少しまぶしておくと、乾燥と変色を防げる。
  • ゆでた肉は冷めると表面が縮むので、できるだけすぐに本番の調理に移る。

なお、教科書03で解説した「汆(ツアン)」は、沸いた湯に材料を入れてさっと火を通し、そのままスープとして仕上げる調理法を指すことが多い。焯水はあくまで下ごしらえで、ゆで湯は基本的に捨てる、という点で区別できる。

家庭で再現するコツ

  • 滑油を家庭でやるなら、直径24〜26cmのフライパンか中華鍋に油を200〜300mlほど入れる。肉200gなら、これで材料のおよそ1.5倍の油になる。店の3〜4倍には届かないので、肉は2回に分けて入れ、温度の下がりすぎを防ぐ。
  • 油温が読みにくいなら、油温度計で110〜130℃を目安にする。菜箸を入れて、細かい泡がゆっくり上がる程度だ。
  • 油を減らしたいときは、上漿した肉を、多めの油(大さじ3〜4)を引いたフライパンに広げて入れ、触らずに片面を固めてから返し、色が変わったところで取り出す。完全に同じにはならないが、肉のやわらかさはかなり保てる。
  • もう一つの代わりのやり方は、上漿した肉を、沸騰直前の湯(ふつふつと小さな泡が立つ程度)に入れ、ほぐれて色が変わったらすぐに引き上げる方法だ。油を使わずに、しっとりした食感が出せる。
  • 下ゆでの湯は、肉1kgに対して2〜3Lと、たっぷり使う。アクはこまめにすくう。
  • 走油は油はねが激しい。肉の表面の水分をよく拭き、ふたを手元に置き、袖の長い服で作業する。

よくある失敗

  • 油通しした肉がかたい:油温が高すぎるか、時間が長すぎる。色が白く変わった瞬間が引き上げどきだ。
  • 肉が鍋に張りつく:鍋を先に熱していない、または上漿した肉をかたまりのまま入れた。
  • 下ゆでしたスペアリブが臭い:沸騰した湯に入れたため、血が中に残った。水から入れ直す。
  • 青菜が黒ずむ:ゆですぎ、または冷水に取らなかった。

この記事で紹介した技法を使うレシピ

出典

本文は上記の情報源を参考に、独自に再構成・翻訳したものです。